兄のこと、子育てのこと

私は自分に自信がなくて、こんな自分にちゃんと子供を育てられるだろうかと不安でした。
それは兄が亡くなってからです。当時、娘が幼稚園の年長、息子はまだ2歳でした。
兄が亡くなって1か月もたたないうちに、夫からは離婚したいと言われました。
私は、私もいつ死んでもいいように準備しようと思い、部屋を整理しました。引き出しにはシールで何が入っているか一目見て分かるように、ひらがなで書いてこどもたちに分かるようにしました。
本当に死のうとは思っていなくても、衝動的に死んでしまいそうな気がしていました。
今振り返れば、あの時本当につらかったけれど、結局は離婚せずにきたことは良かったと思っています。
兄が亡くなり、自死遺族という言葉を知りました。
どうして兄は死ななければならなかったのか。決定的な事があったようには思えませんでした。
小さい頃からの生活をずっと続けてきて、その上で生きる希望がないまま大人になってしまった、そんな風に思うのです。
虐待したり、暴力があったり、そんなことは一切ない家庭でした。普通だと思って生きてきたし、今でも、そこまで私たちが育った家庭に問題があったのかなぁと思うのです。
兄が亡くなってから、家族の何が悪かったのかを考えてみました。家族の心が毎日の生活の中で少しづつ少しづつ離れていった、という気がしてきました。
心の成長や安定は、幼少期、私たちが覚えていないくらい小さな頃の時、どう育てられてきたかが大きく影響するそうです。これは、娘がお世話になった幼稚園の園長先生がおっしゃっていました。
兄はずっとずっと不安定なまま生きてきて、生きるのが苦しかったのだと思います。自分でも覚えていない時のことが原因だから、自分で自分を何とかしようと思っても難しかったのだと思います。
母がそのことに気づいて、兄としっかり向き合い、つまづきを認めて兄と一緒に歩むことができれば、こんなことにならなかったと思ってしまいます。
自死遺族は、きっとずっと苦しみ生きていくのだと思います。私もそうですし、母や父もそうです。
一番近い存在なのに、助けてあげることができなかったのだから、ずっと後悔を抱えて生きていくのは当然だと思います。
今でもたまに、夢で兄が出てくるのですが、夢ではいつも生きています。
「あぁ、あの時もう助からないと思ったけれど、助かってたんだ」って夢の中では思っています。
つい最近は、兄がおかきを持ってきてくれて、「これおいしいから食べてみ」と言ってからフッといなくなる夢を見ました。
そして、起きてから、ずっとこんな感じに私は生きていくのだろうなぁと寂しくなるのです。
一番つらい時に私を支えてくれたのは、娘の幼稚園の園長先生でした。いつも寄り添って励ましてくれる園長先生に助けられ、励まされ、子育てを続けることができました。
私のことを褒めてくれて、認めてくれて、元気づけてくれた園長先生でした。先生との出会いがなかったら、私も子どもたちもどうなっていたかどうか分かりません。
子育てはやり直しがきかないというけれど、気付いて足りなかったところを補ってあげる、いつでもやり直ししてあげられるように立ち止まって考えることが大切と、先生が教えて下さりました。
子育ては命を育てることです。「子育ては楽してできるものじゃない。必死に、真剣に、命がけでやりなさい。」
娘が幼稚園の時に、園長先生から教えらた言葉は、本当にその通りだと思います。

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